行った展覧会の感想と子供と一緒に読んでいる本の感想をきままに書いています。(不定期更新)
by himawari_korobo
by himawari_korobo
いろいろ思うところがありまして、このブログを移転することにしました。
移転先はこちら(http://korobomemo.blog110.fc2.com)/
今後は、こちらでゆるゆる書いてゆこうと思っています。
更新頻度は相変わらずかと思いますが、たまにはのぞいてやろうと思う奇特な方がいらっしゃいましたら、ぜひ、引っ越し先にも、遊びにいらしてください。
今度ともよろしくお願いします。
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今後は、こちらでゆるゆる書いてゆこうと思っています。
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今度ともよろしくお願いします。
# by himawari_korobo | 2010-01-18 02:53
今年もよろしくお願いします。
新年をむかえていろいろ新しいことに挑戦したいと思っているのですが、昨年からやりのこしたことが圧倒的に多いので、まずは、昨年のやりのこしから。
娘のために11月ごろ購入したのが、(こどものとも年中向き 2009年10月号)「でてきて おひさま スロバキア民話」という絵本。
堀内誠一さんの本が、再版されたということを知り、購入してみました。
この絵本、文章は奥様が執筆されていて、ご夫婦での唯一の共同執筆作品だったそうです。
年中向き「こどものとも」(対象年齢4才〜5才)での再販だったので、3歳児にはちょっとむつかしいかな、と思ったのですが、幸い杞憂に終わりました。
3日も黒雲に隠れてでてこないおひさまを探して、ひよこの兄弟が、かささぎ、うさぎ、かものおばさん、はりねずみとともに、おひさまをさがしにゆくというお話は、私が、いままで娘に読んだお話のなかでは、一番ドラマチックな絵本だったように思います。
ちょっと前までは、飽きると、話の途中でも容赦なく、次のページをめくっていた娘も、この本に関しては、話が長くても、夢中で最後まで話を聞いてくれていました。
親ばかですが、こういうところに、子どもの成長を感じました。
絵の細かい部分にも目がいくようになっているようで、ひよこの兄弟の一人が、こっそりお弁当を食べている部分をめざとくみつけたりもしていました。
また、クライマックスの場面の絵については、「この絵だーいすき♪」とはっきり言っていました。
絵の好き嫌いを主張したのは、初めてのことだったので、もうそういう好みが出てきているということに、少なからず驚きました。
この絵本、表紙がかなり地味なのですが、中は、堀内誠一カラーに充ち満ちたデザインとなっています。
その落差が私には面白かったのですが、一度は絶版となっているのは、この表紙の地味さも一因かもしれません。
登場する生き物の役割や、話の展開が、いかにも外国の昔話らしく、独特の風合いがあって、堀内さんの作風ともマッチしていたと思います。
ドラマチックな展開が楽しい絵本なので、この再版を機に、雑誌ではなく絵本としても再版となるといいのですが。。。そこまでドラマチックな展開を望むのはやはり難しいのでしょうか?・・ね??(^^;
新年をむかえていろいろ新しいことに挑戦したいと思っているのですが、昨年からやりのこしたことが圧倒的に多いので、まずは、昨年のやりのこしから。
娘のために11月ごろ購入したのが、(こどものとも年中向き 2009年10月号)「でてきて おひさま スロバキア民話」という絵本。
堀内誠一さんの本が、再版されたということを知り、購入してみました。
この絵本、文章は奥様が執筆されていて、ご夫婦での唯一の共同執筆作品だったそうです。
年中向き「こどものとも」(対象年齢4才〜5才)での再販だったので、3歳児にはちょっとむつかしいかな、と思ったのですが、幸い杞憂に終わりました。
3日も黒雲に隠れてでてこないおひさまを探して、ひよこの兄弟が、かささぎ、うさぎ、かものおばさん、はりねずみとともに、おひさまをさがしにゆくというお話は、私が、いままで娘に読んだお話のなかでは、一番ドラマチックな絵本だったように思います。
ちょっと前までは、飽きると、話の途中でも容赦なく、次のページをめくっていた娘も、この本に関しては、話が長くても、夢中で最後まで話を聞いてくれていました。
親ばかですが、こういうところに、子どもの成長を感じました。
絵の細かい部分にも目がいくようになっているようで、ひよこの兄弟の一人が、こっそりお弁当を食べている部分をめざとくみつけたりもしていました。
また、クライマックスの場面の絵については、「この絵だーいすき♪」とはっきり言っていました。
絵の好き嫌いを主張したのは、初めてのことだったので、もうそういう好みが出てきているということに、少なからず驚きました。
この絵本、表紙がかなり地味なのですが、中は、堀内誠一カラーに充ち満ちたデザインとなっています。
その落差が私には面白かったのですが、一度は絶版となっているのは、この表紙の地味さも一因かもしれません。
登場する生き物の役割や、話の展開が、いかにも外国の昔話らしく、独特の風合いがあって、堀内さんの作風ともマッチしていたと思います。
ドラマチックな展開が楽しい絵本なので、この再版を機に、雑誌ではなく絵本としても再版となるといいのですが。。。そこまでドラマチックな展開を望むのはやはり難しいのでしょうか?・・ね??(^^;
先日銀座に行った際に、教文館「ナルニア国」という児童書専門の本屋さんへ立ち寄ったところ併設されているギャラリーで出久根育絵本原画展 『十二の月たち』を開催していました。
ちょうど、板橋区立美術館で、出久根さんの原画を何点か見たばかりだったので、思わず立ち寄ってしまいました。
出久根さんの全面協力によって開催された展覧会だったようで、メッセージやこの展覧会のための書き下ろしイラストなども展示されていました。
下絵や絵本のためのコンテなど、レアアイテムも満載でした。
私は子連れだったため、じっくり見ることができなかったのですが、これが無料とはなんて贅沢な!と驚きを隠せませんでした。
出久根さんは、絵本作家さんとしてはめずらしく板に石膏を塗り、 テンペラと油彩で描くという技法を用いている方です。
以前、別の絵本関係の展覧会で、彼女の作品をみたことがあるのですが、その時見た作品は、かなり厚塗りをしており、その重厚な作風にビックリしました。
今回見た作品は、そのときの作品に比べると、塗りが薄くなり、肩の力がぬけたような印象を受けました。
作風が安定したのかなぁ、、、などと少々偉そうなことを思ったりしつつ見ていました(^^;
面白いと思ったのは、どの作品もカンヴァスの小口部分まで絵を描ききっている点。
これは、作品を書いた後に、カンヴァスを成形しているために、起きた現象なのかな?
ちょっとよくわからないのですが、、、
そのため、すべての作品は、額装せず、作品より少し大きなサイズのアクリルケースで覆って、小口部分まで見えるようにして、展示していました。
このアクリルケース、シンプルなだけに、作品の邪魔をせず、個人的には、かなり好感が持てました♪
絵本も美しいのですが、やはり原画の美しさにはかないません。
展示してある作品の舞台が雪景色と言うこともあり、雪につかわれた色の深みにしばらく酔いしれていました。
ぶっちゃけ、子連れではなく、一人でゆっくり拝見したかった展覧会でした(苦笑)
12月25日まで開催しているので、もう一回行こうかなぁ。。。
板橋区立美術館で開催中の「幻惑の東欧絵本 ドゥシャン・カーライ の超絶絵本とブラチスラヴァの作家たち 」 へ行ってきました。
ドゥシャン・カーライ は、昔、ちひろ美術館で作品を目にして以来、何となく気になっていたアーティストだったのですが、今回大規模な展覧会が開催されると知り、早速行ってきました。
板橋美術館は、ボローニャ国際絵本原画展を毎年開催してる実績や、日本画関連で面白い展覧会を手がけていると言うイメージがあり、展覧会の告知を見るたびに、行きたい、行きたいと思っているものの、交通の便が悪いというイメージがあり、なかなか足を運ぶことができないでいる美術館です。
今回も、興味のあるアーティストの展覧会ではあるものの、行くのは難しいかな、と思っていたのですが、ふと目にした展覧会チラシとポスターが、本を模した独創的な形をしていて、あまりに印象的だったので、これは行かねば!と決意した次第です。
私が行ったのは、平日の午後3時過ぎだったのですが、会場は想像していた以上に閑散としていました。
来館者は、私の他に3,4人ほど。
久々にゆったりと展覧会を満喫させていただきました(笑)
展示は、幼少期からはじまり、カーライ氏がてがけたオブジェや油彩、アニメーション原画や切手などの様々な媒体の作品をとりあげ、彼の作品の多様性を紹介するコーナーと、絵本挿絵のコーナー(ここには、彼が指導したブラチスラヴァの作家たち の作品も含まれていました)、最新作・アンデルセン全童話集の挿絵原画のコーナーに分かれていました。
「不思議の国のアリス」をモチーフにした作品群は、おかっぱ頭のアリス像がとても斬新でした。
また、4年をかけたというアンデルセン物語の挿絵も、見所満載で大変充実していたと思います。
ただ残念なことに、会場自体が大変狭く、展示作品は、縦に2枚づつ吊して展示してある箇所が、いくつもありました。
これは、作品との目線がとりにくくて、非常に作品が見づらかったです。
作品と作品の間も、間隔がせまくて、余韻に浸れない感じ。
とても、ごちゃごちゃしていた印象が残った展覧会でした。
おそらく、巡回展の会場のキャパを配慮して、出品作品を増やしたのではないかと思うのですが、こんな無理をして沢山の作品を展示するくらいならば、巡回展ごとに出品作品が異なるということにして、展示室のキャパにあわせた作品数におさえればいいのにと思わずにはいられませんでした。
特に、カーライさんが指導したブラチスラヴァの作家たちの作品を展示していたコーナーは、これをなくせば、カーライさんの作品がもっと見やすく展示できるのは明らかなだけに、フラストレーションがたまりました。
「ブラチスラヴァの作家たち」コーナーに展示してある作品も、大変面白く、個人的には、出久根育さんの原画を多数見ることができたのは、とても嬉しかったのですが、それでも、やはり展覧会は、展示作品の量を誇示するよりも、一つ一つの展示作品をより美しく見せることを最優先にしてほしいと思います。
特に、東欧の絵本作家の展覧会という、板橋区立美術館ならではの企画力を見せる展覧会であるならば、そこは、頑張ってほしかったなぁ・・・というのが偽らざる気持ちです。
展覧会会場は建物の2階にあるのですが、会場までの誘導に、カーライ氏のイラストを用いたり、随所に工夫を凝らして、展覧会場として不便な部分をいろいろ補っている努力もかいま見えるだけに、肝心の作品の見せ方だけが、なぜ。。。とただ、ただ、悲しかったです。
本当にいい展覧会なのになぁ。。。
こうなってくると、今後行われるであろう巡回先でどんな風に作品が展示されるのか、かなり気になります。
行ける物ならば行って見て比べてみたいものですが、まあ、物理的には不可能なのが現実です。
残念★
あと、展覧会カタログ!
勝手に、ポスター・チラシのデザインがそのまま展覧会の図録の表紙になると思いこんでいたので、デザインが全く異なっていたのが意外でした。
ポスター・チラシにくらべるとはるかに大人しいデザインで、なーんだ普通の図録じゃん!とちょっと肩すかしをくらった気分になりました。
ま、それだけ、ポスター・チラシのデザインに、インパクトがあったということなんだと思うのですが(笑)
この展覧会、ポスター・チラシのインパクトに負けない、いい作品が展示してある展覧会だったと思います。
いろいろ気になる点はありましたが、やはり最後は作品の力で癒されました♪
久しぶりに、展覧会をじっくり堪能する午後をすごせて、楽しかったです。
ドゥシャン・カーライ は、昔、ちひろ美術館で作品を目にして以来、何となく気になっていたアーティストだったのですが、今回大規模な展覧会が開催されると知り、早速行ってきました。
板橋美術館は、ボローニャ国際絵本原画展を毎年開催してる実績や、日本画関連で面白い展覧会を手がけていると言うイメージがあり、展覧会の告知を見るたびに、行きたい、行きたいと思っているものの、交通の便が悪いというイメージがあり、なかなか足を運ぶことができないでいる美術館です。
今回も、興味のあるアーティストの展覧会ではあるものの、行くのは難しいかな、と思っていたのですが、ふと目にした展覧会チラシとポスターが、本を模した独創的な形をしていて、あまりに印象的だったので、これは行かねば!と決意した次第です。
私が行ったのは、平日の午後3時過ぎだったのですが、会場は想像していた以上に閑散としていました。
来館者は、私の他に3,4人ほど。
久々にゆったりと展覧会を満喫させていただきました(笑)
展示は、幼少期からはじまり、カーライ氏がてがけたオブジェや油彩、アニメーション原画や切手などの様々な媒体の作品をとりあげ、彼の作品の多様性を紹介するコーナーと、絵本挿絵のコーナー(ここには、彼が指導したブラチスラヴァの作家たち の作品も含まれていました)、最新作・アンデルセン全童話集の挿絵原画のコーナーに分かれていました。
「不思議の国のアリス」をモチーフにした作品群は、おかっぱ頭のアリス像がとても斬新でした。
また、4年をかけたというアンデルセン物語の挿絵も、見所満載で大変充実していたと思います。
ただ残念なことに、会場自体が大変狭く、展示作品は、縦に2枚づつ吊して展示してある箇所が、いくつもありました。
これは、作品との目線がとりにくくて、非常に作品が見づらかったです。
作品と作品の間も、間隔がせまくて、余韻に浸れない感じ。
とても、ごちゃごちゃしていた印象が残った展覧会でした。
おそらく、巡回展の会場のキャパを配慮して、出品作品を増やしたのではないかと思うのですが、こんな無理をして沢山の作品を展示するくらいならば、巡回展ごとに出品作品が異なるということにして、展示室のキャパにあわせた作品数におさえればいいのにと思わずにはいられませんでした。
特に、カーライさんが指導したブラチスラヴァの作家たちの作品を展示していたコーナーは、これをなくせば、カーライさんの作品がもっと見やすく展示できるのは明らかなだけに、フラストレーションがたまりました。
「ブラチスラヴァの作家たち」コーナーに展示してある作品も、大変面白く、個人的には、出久根育さんの原画を多数見ることができたのは、とても嬉しかったのですが、それでも、やはり展覧会は、展示作品の量を誇示するよりも、一つ一つの展示作品をより美しく見せることを最優先にしてほしいと思います。
特に、東欧の絵本作家の展覧会という、板橋区立美術館ならではの企画力を見せる展覧会であるならば、そこは、頑張ってほしかったなぁ・・・というのが偽らざる気持ちです。
展覧会会場は建物の2階にあるのですが、会場までの誘導に、カーライ氏のイラストを用いたり、随所に工夫を凝らして、展覧会場として不便な部分をいろいろ補っている努力もかいま見えるだけに、肝心の作品の見せ方だけが、なぜ。。。とただ、ただ、悲しかったです。
本当にいい展覧会なのになぁ。。。
こうなってくると、今後行われるであろう巡回先でどんな風に作品が展示されるのか、かなり気になります。
行ける物ならば行って見て比べてみたいものですが、まあ、物理的には不可能なのが現実です。
残念★
あと、展覧会カタログ!
勝手に、ポスター・チラシのデザインがそのまま展覧会の図録の表紙になると思いこんでいたので、デザインが全く異なっていたのが意外でした。
ポスター・チラシにくらべるとはるかに大人しいデザインで、なーんだ普通の図録じゃん!とちょっと肩すかしをくらった気分になりました。
ま、それだけ、ポスター・チラシのデザインに、インパクトがあったということなんだと思うのですが(笑)
この展覧会、ポスター・チラシのインパクトに負けない、いい作品が展示してある展覧会だったと思います。
いろいろ気になる点はありましたが、やはり最後は作品の力で癒されました♪
久しぶりに、展覧会をじっくり堪能する午後をすごせて、楽しかったです。
今、12月でしょ?と思う方は、いらっしゃるかと思いますが。。。
すみません。
今日は、10月に買った本に関する親ばかエピソードです。
10月うまれの娘は、とうとう3歳になりました。
3歳にもなると誕生日のイベント性が理解できるようで、10月になる前から、10月はみーちゃんの誕生日♪といって大騒ぎでした。
家ではさほど、大がかりなことをした記憶はないのですが、娘の行っている保育園が、1クラス9名という小規模保育で、園児一人一人のお誕生会をしてくれるため、誕生日が特別なものというイメージをもったようです。
今日、ピックアップした「こぐまちゃん たんじょうびおめでとう」は、10月末に、たまたま行った病院の待合室に置いてあったのを見て、「たんじょうびの絵本!」と大喜びだったので、後日、購入した本です。
この本の主人公・こぐまちゃんは、2歳頃から娘にとっておなじみの存在だったため、こぐまちゃんが自分と同じ3歳になったという事を知り、娘はすごーく嬉しかったようです。
娘は、絵本の中で、3歳になったこぐまちゃんがじぶんでお着替えをしたり、トイレに行ったり、まだ自分が出来ないことが出来ているのをみて、ちょっと恥ずかしそうしていました。
あと、こぐまちゃんのお友達のしろくまちゃんのお誕生日が、まだと知り、自分の方がおねえちゃんなのね〜と得意そうにしていたのが可笑しかったです。
このこぐまちゃんシリーズ、日本の赤ちゃん絵本の定番の一つです。
私も子どもの頃に読んでいて、大好きだったので、娘にも買ってあげる気満々だったのですが、幸い友人から「しろくまちゃんのほっとけーき」をプレゼントされ、以来、愛読させてもらっています。
こぐまちゃんシリーズのなかでも、「しろくまちゃんのほっとけーき」は、白眉の出来の絵本だと思います。
この絵本が、子どもの心をつかんで離さないのは、なんといっても、ホットケーキを焼く場面が秀逸なことにつきると思います。
「ぽたあん」「ぷつぷつ」「ふくふく」・・・という擬音をつかったホットケーキのできあがり過程のおいしそうなこと!
娘はいつもこのページにくると、指で場面を指しながら読んでいます。
こーんな楽しくて、おいしそうな絵本はそうないと思います。
実際にうちで作るホットケーキより、おいしそうな気がするのは、多分、私だけではない筈。
実は、この本に触発されて、娘と一緒にホットケーキを作ったことがあります。
ところが娘は、ボールにいれた種をかき回すのには大盛り上がりだったにもかかわらず、実際に食べる段になるとすっかり興味を失い、ちょっとしか食べなかったという、しょっぱい出来事もありました(^^;
子どもが楽しめる要素が満載のこの絵本。
今後も読み継がれていくことは、間違いないと思います。
ただ、この年になって、大人目線でこの絵本をみると、かなり教育効果を意識した、理性的な作りの本であることに気がつきます。
こぐまちゃんとしろくまちゃんは、どの絵本でも、お着替えをしたり、お母さんのお手伝いをしたり、お片付けをしています。
しつけを促す効果がちゃーんと用意されているんです。
で、絵本の最後には、ご親切に、この本のねらい、との一文もはいっています。
まあ、お母さんの立場に立った親切なんだとは思いますが、ちょっと興ざめなのは否めません。
で、私が個人的に何より気になるのは、こぐまちゃんシリーズといいながら、お料理するのは、しろくまちゃんという女の子であるということ。
主人公であるこぐまちゃんは、しろくまちゃんが作ったホットケーキを食べるだけなんですよね。
(まあ、皿洗いはしてますが)
1970年代は、まだ、お料理するのは、女の子って感じだったのかなぁ?
私は決してフェミニズム的な志向があるわけではないのですが、こういうのって、なーんか時代の負の部分を引き継いでいるような気がしてしまったのも事実。
こんなシンプルな作りの本の中にも、時代の価値観がにじみでてしまうものなんだなぁと思わずにはいられませんでした。
まあ、そんなに目くじら立てるようなことでもないんですが。。。ね(^^;
最後に、「こくまちゃん たんじょうびおめでとう」の話にもどりますが、こぐまちゃん、誕生日のプレゼント貰いすぎ!(爆)
娘は、一人の分のプレゼントとは思えなかったようで、「これは、しろくまちゃんの。これはみーちゃんの」とプレゼントの振り分け作業を行っていました(笑)
「御舟展」の次は、東京国立博物館で開催していた「皇室の名宝展」(ただしこの期におよんで第1期のレビューです)(汗)
実は、この展覧会、御舟展と一緒に行ってます。
・・・本当に感想書くの遅すぎ。>自分
いろいろ書こう書こうと思えば思うほど、PCに向かうことができないのは、一体何でなんだろう??
混んでいるのは覚悟の上だったのですが、伊藤若冲の「動植綵絵 」みたさに行ってきました。
この作品を持っている三の丸尚蔵館にこまめに通えば、見ることが可能なのはわかっているのですが、やはり一堂に見ることができるという誘惑には、勝てませんでした。
激混み情報に恐れをなし、私にしてはめずらしく、開館15分前には、東博についていたのですが、到着した時点で、入り口前はすでに長蛇の列。
やっぱり皇室信仰は凄いとあらためて認識した次第です。
幸い、入館するなり、すぐに若冲コーナーに直行することで、多少ゆとりを持って見ることができました。
ただやはり、人混みには勝てるわけもなく、四方を伊藤若冲に囲まれるというとんてもない贅沢な空間にいる筈にもかかわらず、人の群れに阻まれて、作品の本来持つはずのパワーが体感できなかったのが、ひたすらもどかしかったです。
それにしても、30幅ものこの作品群、作品が完成した当初、本当に一堂に展示していたことってあったのかなぁ?
本来、この作品は、釈迦三尊像の荘厳具として作られたらしいのですが、どんな風に配置することを前提にしていたのか、すごく気になる。。。
もし可能ならば、その場面を再現した展示を見てみたい物です。
あとの展示作品は、上澄みだけを味わうのが精一杯でした。
それでも、岩佐又兵衛の「小栗判官絵巻」と狩野永徳の「唐獅子図屏風」だけは、頑張ってチェックしたつもり。
「唐獅子図屏風」の左隻は、後世の補作なのですが、左右ならべて展示してあるのを見るのは、初めてだったので、印象が変わって新鮮でした。
こういう構図の作品だったのね。とはじめて意識させられました。
あとは、酒井抱一の花鳥十二ヶ月図に再会し、画面に描かれた柿や朝顔の丸いフォルムに、久しぶりに酔いしれてきました。どうも私の中には、抱一のの柔らかなフォルムには、無条件にときめいてしまう回路が出来上がっているようでです(笑)
東博でしかできない、贅沢な展覧会だったのですが、とにかく人が多すぎ!
残念ながら、欲求不満ばかりが募る展覧会でした。
実は、この展覧会、御舟展と一緒に行ってます。
・・・本当に感想書くの遅すぎ。>自分
いろいろ書こう書こうと思えば思うほど、PCに向かうことができないのは、一体何でなんだろう??
混んでいるのは覚悟の上だったのですが、伊藤若冲の「動植綵絵 」みたさに行ってきました。
この作品を持っている三の丸尚蔵館にこまめに通えば、見ることが可能なのはわかっているのですが、やはり一堂に見ることができるという誘惑には、勝てませんでした。
激混み情報に恐れをなし、私にしてはめずらしく、開館15分前には、東博についていたのですが、到着した時点で、入り口前はすでに長蛇の列。
やっぱり皇室信仰は凄いとあらためて認識した次第です。
幸い、入館するなり、すぐに若冲コーナーに直行することで、多少ゆとりを持って見ることができました。
ただやはり、人混みには勝てるわけもなく、四方を伊藤若冲に囲まれるというとんてもない贅沢な空間にいる筈にもかかわらず、人の群れに阻まれて、作品の本来持つはずのパワーが体感できなかったのが、ひたすらもどかしかったです。
それにしても、30幅ものこの作品群、作品が完成した当初、本当に一堂に展示していたことってあったのかなぁ?
本来、この作品は、釈迦三尊像の荘厳具として作られたらしいのですが、どんな風に配置することを前提にしていたのか、すごく気になる。。。
もし可能ならば、その場面を再現した展示を見てみたい物です。
あとの展示作品は、上澄みだけを味わうのが精一杯でした。
それでも、岩佐又兵衛の「小栗判官絵巻」と狩野永徳の「唐獅子図屏風」だけは、頑張ってチェックしたつもり。
「唐獅子図屏風」の左隻は、後世の補作なのですが、左右ならべて展示してあるのを見るのは、初めてだったので、印象が変わって新鮮でした。
こういう構図の作品だったのね。とはじめて意識させられました。
あとは、酒井抱一の花鳥十二ヶ月図に再会し、画面に描かれた柿や朝顔の丸いフォルムに、久しぶりに酔いしれてきました。どうも私の中には、抱一のの柔らかなフォルムには、無条件にときめいてしまう回路が出来上がっているようでです(笑)
東博でしかできない、贅沢な展覧会だったのですが、とにかく人が多すぎ!
残念ながら、欲求不満ばかりが募る展覧会でした。
うわー。気がつけば12月!
書きたいことがいっぱいたまっています。
まず、おわっちゃった展覧会ですが、山種美術館でやっていた「速水御舟ー日本画への挑戦ー展」
リニューアルオープン展と銘打っただけあって、充実した内容。
御舟の代表作である「炎舞」「翠苔緑芝」「名樹散椿」などの所蔵作品はもちろん、最晩年に作成し、未完で終わってしまった婦女群像の下絵や画稿、海外旅行へ行った際に描いたスケッチや、日記などの研究資料も紹介してあり、見所満載でした。
私は山種美術館へ行ったのも、御舟の作品をこれだけ一堂に見たのも初めてだったのですが、見応えがあって楽しかったです。
展示室は地下一階のワンフロアのみ。
決して広い場所ではないにもかかわらず、今回は、出品作品数がかなり多かったので、ちょっと窮屈な感じは否めませんでした。
ただ、こういう大がかりな展覧会は別として、ふらりと立ち寄って所蔵品を拝見するには、ほどよい広さの展示室なのではないかと思いました。
私が行ったのは、土曜日の昼間ということもあり、会場はかなり混雑していました。
結構TVなどでも取り上げられていた効果もあったのかな?
印象的な作品は、やっぱり「炎舞」
照明もよく、展示に力がはいっていた感じ。
背景の黒と炎のコントラストと、虫のあわい色調が絶妙な緊張感を保っていました。
でも、この作品って、額装だったんですね。
なぜか、軸装作品だと思いこんでいたので、ちょっと意外でした。
残念ながら、額だけは、私の趣味ではなかったなー。
この作品の他にも、額装作品が何点か展示してあったのですが、どの額も昭和40年代センスで、微妙な感じ。
建物だけでなく、リニューアルを機に、額も変えちゃえばよかったのに。。。
御舟作品は、日本画らしい装飾を施した方が、映えるなぁと思いました。
御舟作品って、もっと全体的にかなり繊細なのかとおもっていたのですが、思いの外骨太な印象を受けたのが、今回の最大の収穫だった気がします。
やっぱり、実物をみると印象って変わりますね。
気になる作品を見るための努力を惜しんじゃいかんなぁと改めて思いました。
最後に、印象に残った作品をいくつか。
・「翠苔緑芝」は、御舟自らが後世に残る作品と自負したのも納得の大作。
たしかに細部にいたるまで、見応えがありました。
・初期の作品が、あからさまに今村紫紅風だったのも、個人的には、意外なルーツを発見した感じで新鮮でした。
・「紅梅・白梅」図の見事な枝振りと、「あけぼの・春の宵」の複雑な色調には、単純に見ほれてしまいました。
あと、墨で花びらを描いた桔梗の絵も、手元におきたくなるような魅力がありました。
・西洋画の影響を色濃く受けた、果物の静物画は、軸装が作品の格を高めていた気がします。
御舟の作品の多様性を体感できる、楽しい展覧会でした。
贅沢を言うなら、もうちょっと空いていたらもっとよかったんだけど・・・(笑)
あと、蛇足ですが、グッズ売り場の一角に、御舟の薔薇の画稿をアレンジしたグッズがいくつもならべてあったのですが、ピンク地に薔薇の絵を独自アレンジで散らしたグッズ群の放つ、微妙なオーラに少々引いてしまいました。
多々ある御舟の作品のなかから、なぜ単なる画稿に過ぎない薔薇の絵をピックアップしたのか意味わかんないし(爆)
かわいい?おしゃれな?薔薇グッズが作りたかったらしき制作者の欲望だけが空回りしている感じがして、辟易としてしまいました。
御舟さんもこんな風になることをイメージして、あの薔薇描いてないと思うんだけどなー。
まあ、趣味に合わないグッズなんてスルーすればいいだけなんだけど。。。ね(^^;
すみません。余計なお世話でした★
書きたいことがいっぱいたまっています。
まず、おわっちゃった展覧会ですが、山種美術館でやっていた「速水御舟ー日本画への挑戦ー展」
リニューアルオープン展と銘打っただけあって、充実した内容。
御舟の代表作である「炎舞」「翠苔緑芝」「名樹散椿」などの所蔵作品はもちろん、最晩年に作成し、未完で終わってしまった婦女群像の下絵や画稿、海外旅行へ行った際に描いたスケッチや、日記などの研究資料も紹介してあり、見所満載でした。
私は山種美術館へ行ったのも、御舟の作品をこれだけ一堂に見たのも初めてだったのですが、見応えがあって楽しかったです。
展示室は地下一階のワンフロアのみ。
決して広い場所ではないにもかかわらず、今回は、出品作品数がかなり多かったので、ちょっと窮屈な感じは否めませんでした。
ただ、こういう大がかりな展覧会は別として、ふらりと立ち寄って所蔵品を拝見するには、ほどよい広さの展示室なのではないかと思いました。
私が行ったのは、土曜日の昼間ということもあり、会場はかなり混雑していました。
結構TVなどでも取り上げられていた効果もあったのかな?
印象的な作品は、やっぱり「炎舞」
照明もよく、展示に力がはいっていた感じ。
背景の黒と炎のコントラストと、虫のあわい色調が絶妙な緊張感を保っていました。
でも、この作品って、額装だったんですね。
なぜか、軸装作品だと思いこんでいたので、ちょっと意外でした。
残念ながら、額だけは、私の趣味ではなかったなー。
この作品の他にも、額装作品が何点か展示してあったのですが、どの額も昭和40年代センスで、微妙な感じ。
建物だけでなく、リニューアルを機に、額も変えちゃえばよかったのに。。。
御舟作品は、日本画らしい装飾を施した方が、映えるなぁと思いました。
御舟作品って、もっと全体的にかなり繊細なのかとおもっていたのですが、思いの外骨太な印象を受けたのが、今回の最大の収穫だった気がします。
やっぱり、実物をみると印象って変わりますね。
気になる作品を見るための努力を惜しんじゃいかんなぁと改めて思いました。
最後に、印象に残った作品をいくつか。
・「翠苔緑芝」は、御舟自らが後世に残る作品と自負したのも納得の大作。
たしかに細部にいたるまで、見応えがありました。
・初期の作品が、あからさまに今村紫紅風だったのも、個人的には、意外なルーツを発見した感じで新鮮でした。
・「紅梅・白梅」図の見事な枝振りと、「あけぼの・春の宵」の複雑な色調には、単純に見ほれてしまいました。
あと、墨で花びらを描いた桔梗の絵も、手元におきたくなるような魅力がありました。
・西洋画の影響を色濃く受けた、果物の静物画は、軸装が作品の格を高めていた気がします。
御舟の作品の多様性を体感できる、楽しい展覧会でした。
贅沢を言うなら、もうちょっと空いていたらもっとよかったんだけど・・・(笑)
あと、蛇足ですが、グッズ売り場の一角に、御舟の薔薇の画稿をアレンジしたグッズがいくつもならべてあったのですが、ピンク地に薔薇の絵を独自アレンジで散らしたグッズ群の放つ、微妙なオーラに少々引いてしまいました。
多々ある御舟の作品のなかから、なぜ単なる画稿に過ぎない薔薇の絵をピックアップしたのか意味わかんないし(爆)
かわいい?おしゃれな?薔薇グッズが作りたかったらしき制作者の欲望だけが空回りしている感じがして、辟易としてしまいました。
御舟さんもこんな風になることをイメージして、あの薔薇描いてないと思うんだけどなー。
まあ、趣味に合わないグッズなんてスルーすればいいだけなんだけど。。。ね(^^;
すみません。余計なお世話でした★
直島レポートがまだおわっていないのですが、最近行った展覧会の感想を先に書いておきたいと思います。
今回のレビューは10月12日まで日本橋高島屋で開催していた「ウィーンミュージアム所蔵 クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」
個人的なことですが、クリムトは、私が展覧会巡りをはじめた最初期に好きだったアーティスだったりします。
クリムトと聞くと、今はなき、池袋のセゾン美術館に、クリムトの「接吻」が来たときには、興奮したよなー。。。
などと、若き日の思い出とリンクしてしまうのです。
今となっては、クリムトが好き!と言い切っていた自分自身が恥ずかしいというか、なんというか。。。
言ってみれば、クリムトは、私にとって、‘若気の至り’って感じのアーティストなんです。
その後、私の趣味志向もずいぶん変化し、今では、クリムトに対して、さほど思い入れがあるわけでもないのですが、、、でもねー。三つ子の魂百までって訳でもないのですが、クリムト・シーレの名前がでると、つい、脊髄反応してしまうんですよね(^^;;
今回も、行かなくてもいいかなぁとは思ったのですが、やはり足が向いてしまいました。
残念ながらもう東京展は終わっていて、現在は大阪サントリーミュージアム〔天保山〕で巡回展示中です。
ちょっと話がそれますが、サントリーミュージアム〔天保山〕は、この展覧会を最後に天保山は休館になってしまうんですね。休館するとは知っていたのですが、この展覧会が最後だったとは。。。
訂正・2010年12月末休館でした。早とちりしてすみません(汗)
このご時世、企業が2つも美術館を維持するのは大変なことはわかるのですが、残念なことです。
で、本題のこの展覧会の感想です。
この展覧会、私は、日本橋高島屋でみたのですが、巡回先はすべて地方の美術館。
なんで、東京だけデパート催事場でやることになったのでしょうか?
謎です。
ただ、美術館での巡回を想定して構成された展覧会だけに、内容はしっかりしていて、デパートの催事場とは思えない展覧会でした。
展示も照明もそこそこのレベルを維持していて、見やすかったです。
でも、ちゃんとした美術館でこの展覧会をみたら、ちょっと物足りないと思ったかも。。。(^^;
・・・まあ、そういう微妙なラインのレベルの展覧会だったということです。
クリムトとシーレの名前は全面に出ていましたが、それ以外のアーティストの作品数の方が多いのはお約束。
まあ、19世紀ウィーンのアートシーンの一端を、切り取った展覧会でした。
印象に残った作品をいくつか列挙しておくと。。。
残念ながら、クリムトは、さほど目を引く作品はありませんでした。
ただ、最初期に古典的な技法で描かれた「寓話」という作品と、「牧歌」という壁画の一部をきりとったような作品が、おもしろかったです。
とくに「牧歌」は、男の人のマッチョな肉体と、少女マンガチックな顔立ちのアンバランスさが、妙に印象に残っています。
そのほかには、「愛」と「彫刻」と言う作品が、クリムト特有のけだるい世界観が炸裂していて、良い感じでした。
この作品をみるのも久しぶりなのですが、この独特の世界観は、やはりクリムトならではだよなーと再認識した次第です。
あとは、夭逝したクリムトの弟が手がけた作品を始めてみることが出来たのは、収穫でした。
ちょっと装飾性がつよくて、お兄さんの影響をかなりうけているという印象は否めませんが、それなりに強さもあり、もう少し長く生きていたら、兄の陰に隠れることもなかったかも、、、という気がしました。
もう一人のメイン・シーレ作品は、男性を描いた作品が目立っていた気がします。
もうすこし、あの独特な女性ヌードを満喫したかった気はしますが、贅沢を言ってもきりがないので、いわないことにします。
あと、「ヒマワリ」という縦長の作品があったのですが、この作品は、極端な縦長のキャンパスに、枯れかけた一本のヒマワリが描かれています。
解説をみたら、琳派の影響も指摘されていました。
以前、東博の「大琳派」展の感想を書いたとき、酒井抱一の作品を見て、シーレっぽいモダンさがあると書いたのですが、それもそのはず、シーレが琳派の影響をうけていたんですね(^^;;
いや、お恥ずかしいかぎりです(苦笑)
あとは、ポスターとか、油彩がいろいろ出ていたのですが、それほど、ピンとくる作品はなかったように思います。
嫌な言い方ですが、借用可能な作品で、通史的な流れを作った。。。って感じでした。
それはそれで、手堅い作りなのですが、印象的な強い作品が、あと数点展示してあったら、もう少し身を入れて見ることが出来たようにも思います。
あ、ただ、唯一、マックス・オッペンハイマーという人の作品は、もっとこの人の絵を見たい!という思いに駆られる作品だったと思います。
まあ、この時勢を考えると、海外美術館から作品を借りて行う展覧会は、このくらいのレベルになってしまうのかなーという気がする展覧会でした。
今回のレビューは10月12日まで日本橋高島屋で開催していた「ウィーンミュージアム所蔵 クリムト、シーレ ウィーン世紀末展」
個人的なことですが、クリムトは、私が展覧会巡りをはじめた最初期に好きだったアーティスだったりします。
クリムトと聞くと、今はなき、池袋のセゾン美術館に、クリムトの「接吻」が来たときには、興奮したよなー。。。
などと、若き日の思い出とリンクしてしまうのです。
今となっては、クリムトが好き!と言い切っていた自分自身が恥ずかしいというか、なんというか。。。
言ってみれば、クリムトは、私にとって、‘若気の至り’って感じのアーティストなんです。
その後、私の趣味志向もずいぶん変化し、今では、クリムトに対して、さほど思い入れがあるわけでもないのですが、、、でもねー。三つ子の魂百までって訳でもないのですが、クリムト・シーレの名前がでると、つい、脊髄反応してしまうんですよね(^^;;
今回も、行かなくてもいいかなぁとは思ったのですが、やはり足が向いてしまいました。
残念ながらもう東京展は終わっていて、現在は大阪サントリーミュージアム〔天保山〕で巡回展示中です。
訂正・2010年12月末休館でした。早とちりしてすみません(汗)
このご時世、企業が2つも美術館を維持するのは大変なことはわかるのですが、残念なことです。
で、本題のこの展覧会の感想です。
この展覧会、私は、日本橋高島屋でみたのですが、巡回先はすべて地方の美術館。
なんで、東京だけデパート催事場でやることになったのでしょうか?
謎です。
ただ、美術館での巡回を想定して構成された展覧会だけに、内容はしっかりしていて、デパートの催事場とは思えない展覧会でした。
展示も照明もそこそこのレベルを維持していて、見やすかったです。
でも、ちゃんとした美術館でこの展覧会をみたら、ちょっと物足りないと思ったかも。。。(^^;
・・・まあ、そういう微妙なラインのレベルの展覧会だったということです。
クリムトとシーレの名前は全面に出ていましたが、それ以外のアーティストの作品数の方が多いのはお約束。
まあ、19世紀ウィーンのアートシーンの一端を、切り取った展覧会でした。
印象に残った作品をいくつか列挙しておくと。。。
残念ながら、クリムトは、さほど目を引く作品はありませんでした。
ただ、最初期に古典的な技法で描かれた「寓話」という作品と、「牧歌」という壁画の一部をきりとったような作品が、おもしろかったです。
とくに「牧歌」は、男の人のマッチョな肉体と、少女マンガチックな顔立ちのアンバランスさが、妙に印象に残っています。
そのほかには、「愛」と「彫刻」と言う作品が、クリムト特有のけだるい世界観が炸裂していて、良い感じでした。
この作品をみるのも久しぶりなのですが、この独特の世界観は、やはりクリムトならではだよなーと再認識した次第です。
あとは、夭逝したクリムトの弟が手がけた作品を始めてみることが出来たのは、収穫でした。
ちょっと装飾性がつよくて、お兄さんの影響をかなりうけているという印象は否めませんが、それなりに強さもあり、もう少し長く生きていたら、兄の陰に隠れることもなかったかも、、、という気がしました。
もう一人のメイン・シーレ作品は、男性を描いた作品が目立っていた気がします。
もうすこし、あの独特な女性ヌードを満喫したかった気はしますが、贅沢を言ってもきりがないので、いわないことにします。
あと、「ヒマワリ」という縦長の作品があったのですが、この作品は、極端な縦長のキャンパスに、枯れかけた一本のヒマワリが描かれています。
解説をみたら、琳派の影響も指摘されていました。
以前、東博の「大琳派」展の感想を書いたとき、酒井抱一の作品を見て、シーレっぽいモダンさがあると書いたのですが、それもそのはず、シーレが琳派の影響をうけていたんですね(^^;;
いや、お恥ずかしいかぎりです(苦笑)
あとは、ポスターとか、油彩がいろいろ出ていたのですが、それほど、ピンとくる作品はなかったように思います。
嫌な言い方ですが、借用可能な作品で、通史的な流れを作った。。。って感じでした。
それはそれで、手堅い作りなのですが、印象的な強い作品が、あと数点展示してあったら、もう少し身を入れて見ることが出来たようにも思います。
あ、ただ、唯一、マックス・オッペンハイマーという人の作品は、もっとこの人の絵を見たい!という思いに駆られる作品だったと思います。
まあ、この時勢を考えると、海外美術館から作品を借りて行う展覧会は、このくらいのレベルになってしまうのかなーという気がする展覧会でした。
ベネッセハウスミュージアムの次に行ったのは、犬島。
直島からは船で移動しました。
船をおりて目の前にあるのが、木造黒塗りの小さな建物。
ここが、犬島アートプロジェクトのチケットセンター。
なんか田舎の離れ小島にポツンと都会風の建物が建っている感じで、風景からはちょっと浮いている気がするナーというのが、率直な第一印象でした。
犬島アートプロジェクトは、「建築・現代アート・環境」による新たな地域創造のモデルとして作られた環境型社会を意識したプロジェクトだそうです。
これからいろいろ作ってゆくらしいのですが、今見ることが出来るのは「精錬所」という施設のみ。
この「精錬所」は、1909年から約10年間稼働していた銅の精錬所の遺構を再生利用して作られたそうで、施設内は、遺構に残る煙突や、犬島に由来する素材を利用して作られたシステムによって、太陽や地熱といった自然エネルギーを取り入れ、寒暖を調節し、年間を通して室内の温度を一定に保っているとのこと。
その他に、植物の力を利用した水質浄化システムを取り入れるなど、周囲の環境に負荷をかけない様々な工夫が凝らされているんだそうです。
なんで、こんなに詳しいかというと、この犬島アートプロジェクトは、ガイドさんの案内で、ツアー形式で鑑賞する仕組みとなっているため、ガイドのお姉さんがいろいろ説明してくれたからだったりします。
ここは、ツアーガイドのお姉さんに引率されて、精錬所跡地に残る建物遺構と、三分一博志の設計した建物内に作られた柳幸典アートワーク「ヒーロー乾電池」を鑑賞するという、ちょっと面白い形式のアート空間なのです。
最初に案内してもらった、建物遺構のなかにある、崩れかけた煙突や、煉瓦が積み上げられた建物跡は、今となっては、何に使われていたかもわからない場所も多いとか。
その荒涼とした空間は、別世界に入り込んだという導入部分としては、最高の舞台装置だったと思います。
そんな廃墟を歩き回った後、案内されるのが、アートワーク「ヒーロー乾電池」。
三分一博志氏と柳幸典氏の作った迷路のような空間に入り込み、作品を体感してゆくというこの場所は、一種のアミューズメントパークといった趣でした。
視覚を惑わす趣向に驚くとともに、視覚だけでなく、身体能力をすべてつかって、五感で作品を鑑賞するという形式がものすごく新鮮で刺激的でした。
なんというか、従来の美術館とは違い、建物全体、いや、この場所・この空間のすべてを全体を作品として取り込んでいるというスケール感に圧倒されてしまった気がします。
こんなに壮大なスケール感のある場所なのに、この場所で展示している作品の中核は、三島由紀夫の邸宅の部品や、三島由紀夫の「英霊の声」や自決する際に発した「檄文」のテキストを取り込んだ、個人の思索をつよく意識したテーマを孕んだ作品なのです。
こんな都会から離れた、近代化から見放されたような場所に、なぜ、三島?
しかも、三島のテキストのなかでも最も、物議を醸し出しそうな、挑発的なテキストを素材としてもちこむところに、柳氏のアーティストとしての自我を見たように思いました。
三島のテキストの扱い方も、テキストに対する愛が感じられないので、三島の信奉者が見たら、気を悪くするんじゃないかというような、挑戦的なものでした。
「英霊の声」は赤い文字が、血がしたたり落ちるようにくずれおちていゆく映像に使われており、決して読めるようにはなっておらず、三島の思いが、消え去ってゆくような演出が施されています。
さらに、「檄文」テキストは、海辺を見渡す、吹き抜けの空間のなかにしつらえられた、三島の邸宅の部屋の部分を使用したオブジェの壁面装飾に、使用されています。
その使い方が、また、なんとも微妙で、金メッキをされた金属製の文字を一文字ずつ、モビール状にぶらさげて、文章を作り上げてあるのです。
わたしには、金文字のぴかぴかとした輝きが、ひどく薄っぺらで空虚な寒々しいものに見えました。
しかも、展示環境が、吹き抜けで潮風が入ってくる場所ということは、作品にとっては、決して良好な環境ではないはず。
なぜこんな形で展示したのか気になってしまい、ガイドさんに、質問してみたところ、この作品は、作者の意向であえて、このような環境においてあるとのことでした。
金文字も中の金属が腐食して、メッキがはがれ朽ちてゆくことを前提に制作してあるそうです。
ということは、やはり、三島の檄文の想いも形骸化してゆくという、むなしさを織り込んである作品ということでは、ないでしょうか。
この場所で永続的に展示されるという前提に立って、作られたこの作品のなかには、過去から未来まで、どれだけの時間や、想いを塗り込めてあるんだろうと、その思索の深さに、深く感銘を受けました。
おそらく、数年後、数十年後に、この作品の前に立てば、この作品は、今とは全く違う姿を見せることと思います。
精錬所の廃墟は、特に保存処理をおこなっていないようですから、おそらく、もっと崩壊は進むにちがいありません。そして、その中にある作品も、少しづつ朽ちてゆきます。
この建物に施された環境と一体化したと歌っている技術力も、レトロなものになっている筈です。
そのとき、この作品が、私たちに発するメッセージは、今とは全く違うものになっているのではないかと思います。
そして、見る側の私も、今とは、また違う想いをもって作品の前に立つはずです。
そのときどんな風に、この作品を受け止めることが出来るのか。。。
それを知るためにも、できることなら、数年後もう一度、この作品の前に立ってみたいと強く思わせる強さのある作品でした。
直島からは船で移動しました。
船をおりて目の前にあるのが、木造黒塗りの小さな建物。
ここが、犬島アートプロジェクトのチケットセンター。
なんか田舎の離れ小島にポツンと都会風の建物が建っている感じで、風景からはちょっと浮いている気がするナーというのが、率直な第一印象でした。
犬島アートプロジェクトは、「建築・現代アート・環境」による新たな地域創造のモデルとして作られた環境型社会を意識したプロジェクトだそうです。
これからいろいろ作ってゆくらしいのですが、今見ることが出来るのは「精錬所」という施設のみ。
この「精錬所」は、1909年から約10年間稼働していた銅の精錬所の遺構を再生利用して作られたそうで、施設内は、遺構に残る煙突や、犬島に由来する素材を利用して作られたシステムによって、太陽や地熱といった自然エネルギーを取り入れ、寒暖を調節し、年間を通して室内の温度を一定に保っているとのこと。
その他に、植物の力を利用した水質浄化システムを取り入れるなど、周囲の環境に負荷をかけない様々な工夫が凝らされているんだそうです。
なんで、こんなに詳しいかというと、この犬島アートプロジェクトは、ガイドさんの案内で、ツアー形式で鑑賞する仕組みとなっているため、ガイドのお姉さんがいろいろ説明してくれたからだったりします。
ここは、ツアーガイドのお姉さんに引率されて、精錬所跡地に残る建物遺構と、三分一博志の設計した建物内に作られた柳幸典アートワーク「ヒーロー乾電池」を鑑賞するという、ちょっと面白い形式のアート空間なのです。
最初に案内してもらった、建物遺構のなかにある、崩れかけた煙突や、煉瓦が積み上げられた建物跡は、今となっては、何に使われていたかもわからない場所も多いとか。
その荒涼とした空間は、別世界に入り込んだという導入部分としては、最高の舞台装置だったと思います。
そんな廃墟を歩き回った後、案内されるのが、アートワーク「ヒーロー乾電池」。
三分一博志氏と柳幸典氏の作った迷路のような空間に入り込み、作品を体感してゆくというこの場所は、一種のアミューズメントパークといった趣でした。
視覚を惑わす趣向に驚くとともに、視覚だけでなく、身体能力をすべてつかって、五感で作品を鑑賞するという形式がものすごく新鮮で刺激的でした。
なんというか、従来の美術館とは違い、建物全体、いや、この場所・この空間のすべてを全体を作品として取り込んでいるというスケール感に圧倒されてしまった気がします。
こんなに壮大なスケール感のある場所なのに、この場所で展示している作品の中核は、三島由紀夫の邸宅の部品や、三島由紀夫の「英霊の声」や自決する際に発した「檄文」のテキストを取り込んだ、個人の思索をつよく意識したテーマを孕んだ作品なのです。
こんな都会から離れた、近代化から見放されたような場所に、なぜ、三島?
しかも、三島のテキストのなかでも最も、物議を醸し出しそうな、挑発的なテキストを素材としてもちこむところに、柳氏のアーティストとしての自我を見たように思いました。
三島のテキストの扱い方も、テキストに対する愛が感じられないので、三島の信奉者が見たら、気を悪くするんじゃないかというような、挑戦的なものでした。
「英霊の声」は赤い文字が、血がしたたり落ちるようにくずれおちていゆく映像に使われており、決して読めるようにはなっておらず、三島の思いが、消え去ってゆくような演出が施されています。
さらに、「檄文」テキストは、海辺を見渡す、吹き抜けの空間のなかにしつらえられた、三島の邸宅の部屋の部分を使用したオブジェの壁面装飾に、使用されています。
その使い方が、また、なんとも微妙で、金メッキをされた金属製の文字を一文字ずつ、モビール状にぶらさげて、文章を作り上げてあるのです。
わたしには、金文字のぴかぴかとした輝きが、ひどく薄っぺらで空虚な寒々しいものに見えました。
しかも、展示環境が、吹き抜けで潮風が入ってくる場所ということは、作品にとっては、決して良好な環境ではないはず。
なぜこんな形で展示したのか気になってしまい、ガイドさんに、質問してみたところ、この作品は、作者の意向であえて、このような環境においてあるとのことでした。
金文字も中の金属が腐食して、メッキがはがれ朽ちてゆくことを前提に制作してあるそうです。
ということは、やはり、三島の檄文の想いも形骸化してゆくという、むなしさを織り込んである作品ということでは、ないでしょうか。
この場所で永続的に展示されるという前提に立って、作られたこの作品のなかには、過去から未来まで、どれだけの時間や、想いを塗り込めてあるんだろうと、その思索の深さに、深く感銘を受けました。
おそらく、数年後、数十年後に、この作品の前に立てば、この作品は、今とは全く違う姿を見せることと思います。
精錬所の廃墟は、特に保存処理をおこなっていないようですから、おそらく、もっと崩壊は進むにちがいありません。そして、その中にある作品も、少しづつ朽ちてゆきます。
この建物に施された環境と一体化したと歌っている技術力も、レトロなものになっている筈です。
そのとき、この作品が、私たちに発するメッセージは、今とは全く違うものになっているのではないかと思います。
そして、見る側の私も、今とは、また違う想いをもって作品の前に立つはずです。
そのときどんな風に、この作品を受け止めることが出来るのか。。。
それを知るためにも、できることなら、数年後もう一度、この作品の前に立ってみたいと強く思わせる強さのある作品でした。
8月初旬に、香川県直島と犬島に行ってきました。
目当てはもちろん、ベネッセが運営するベネッセアートサイト直島と犬島アートプロジェクト。
行く前から、直島は、美術に関心のある人間ならば、一度は行かなくてはいけない、凄いところだとは聞いていたのですが、本当に凄かった!
予想以上でした。
私も声を大にしていいます。アートオタクを自認している人は、必ず一度は行くべき場所だと!
ここで語るのは、私の個人的な経験にすぎませんが、私はここで、現代アートへの認識がかなり変わりました。
この場所は、私にとって、現代アートというものを考え直す、ほんとうによい修行の場となりました。
上手く言えないのですが、今後、美術作品を見るにあたって、一つの指針をここで提示されたような気がしています。
・・・とまぁ、前置きが長くなってしまいましたが、まずは、最初に訪れたベネッセハウスミュージアムについて。
ベネッセハウスミュージアムは、直島アートプロジェクトの第一弾として造られた施設で、ホテルの中に美術館が作られている、世界的にも珍しいホテル一体型ミュージアムです。
ミュージアムは、宿泊者以外にも公開されていますが、ホテル宿泊者しか入れないスペースにも、作品は多数展示されており、スイートルームの中には、アーティストがその部屋に合わせて制作した作品が展示してある部屋もあるそうです。
なんという贅沢!
こういう部分が世界の7大リゾートといわれる所以なんでしょう。。。
残念ながら私は、ホテルに宿泊したわけではないので、ミュージアム部分しか見ていないのですが、それだけでも十分見応えがありました。
展示室は、ホテルの附属施設とは思えない、本格的な施設です。
展示作品が多いせいか、若干手狭な感じは、否めませんが、スペースがせまいというよりも、展示作品数が多かったというべきかなぁと思います。
印象的だったのは、自然光をかなり大胆に室内に取り入れていたこと。
最近の美術館展示室は、遮光してあるのが前提であり、とくに現代物を取り扱う場所は、ホワイトキューブといわれる、可動式の壁や照明を駆使できる箱形のシンプルな構造が主流なだけに、時流に流されない、反骨精神を感じました。
正直、開放感があって、美術館や博物館特有の閉塞感がないのが、心地よかったです。
また、窓から海や島の風景が見えるのが、リゾート地に遊びに来ているという気分を良い意味で演出してくれていたと思います。
さらに、作品のなかには、外の風景をとりいれた作品もいくつかありました。
外の風景を借景としてうまく利用していたのは、ジェニファー・パートレット「黄色と黒のボート」。
この作品は、3層構造になっていて、ます、壁には、ビーチにおかれた、2槽のボートが描かれた絵画が展示されています。
その絵の前には、絵と同じボートの模型が床に置いてあり、更に、絵の正面にある窓の外から、遠くのビーチを見下ろすと、絵に描かれたボートと同じデザインの実寸サイズのボートが、絵と同じ構図で配置してあるのです。
風景まで含めて一つの作品となっており、この場所でしか、成立しない構造となっているのが、とても面白かったです。
展示してあった作品のなかで、私が一番気に入った作品、安田侃「天秘」も、外の空間を上手く活用した作品でした。
この作品は、展示室に隣接したコンクリート壁に囲まれた、三角形のオープンスペースに配置された、巨大な大理石のオブジェです。
頂上部分の吹き抜けからしか光が入ってこない、特殊な空間に安置された、二個の巨石からは、液体が天から降ってきて、そのままこの場所で固まってしまったかのような、不思議な印象をうけました。
このオブジェは自由に触れたり、座ったりしてもよいのですが、そのなめらかな石肌は、とてもあたたかで、やわらかく、石の上なのに、このままその上で眠ってしまいたいような、安らぎに満ちていました。
また、写真家・杉本博司が、世界の海の水平線を写した「Seascape」シリーズを、あえて、海の見える屋外展望スペースに展示していたのには、正直、度肝をぬかれました。
写真は室内に照度を落として展示するのが当然という、固定概念を打ち破る、大胆で、逆説的な趣向は、さすが杉本博司ならではといえるでしょう。
しかも写真の水平線は、その場所から見える、実際の海の水平線と合わせて展示してあったようです。
もう、かっこよすぎます。
ますます杉本さんが好きになってしまいました(笑)
展示室内にある作品も、いろいろ興味深かったのですが、一つ一つの作品について、細々と感想を書き始めたら、きりがないので、感想は省略。
あえて、私の好みだけでいうならば、柳幸典「ザ・フォービドゥン・ボックス」と、須田悦弘 「雑草」は、必見だと思います。
直島には、このベネッセミュージアム以外にも、直島アートプロジェクトと総称されている、さまざまな展示空間があります。
ベネッセミュージアムは、その中核を担っている施設ですが、直島アートプロジェクトの最初期に建てられた施設でもあります。
それだけに、直島にあるそのほかの施設を見終わった後に振り返ると、他のアートスペースに比べると、ひどくオーソドックスな美術館のような気がしてしまいます。
けれども、様々な場所に、大胆で挑戦的な趣向を凝らしていることは、間違いありません。
この美術館の最大の特徴は、この場所で展示することを前提で作られた作品と、そういう意図ではなく作られた作品が混在して展示してあることだと思います。
直島のここ以外の場所に展示されている作品は、直島の環境を最大限に生かして、この場所でしか見ることができない作品を作るというコンセプトに乗っ取って、生まれた作品(サイトスペシフィック・ワークス作品)が、展示の中心になっています。
けれども、ここには、そういう意図に基づかない作品も、一緒に展示してあります。
その結果、直島と言う場所に適した作品を探すために、試行錯誤していた痕跡が、ほのかに感じられる場所となったような気がするのです。
たとえば、さきほど挙げた、杉本さんの作品の展示方法などは、すでにある作品をどのように、この場所に適した形で、ここでしか出来ない展示を行うか、試行錯誤した結果生まれた、大胆な展示方法だったのではないかと思うのです。
ベネッセハウスミュージアムは、今、ベネッセが全面的に打ち出している、サイトスペシフィック・ワークス作品というコンセプトが生まれた場所です。
ここは、ベネッセアートサイト発祥の場として、位置づけるべき場所なのではないかと思うのですが、・・・いかがでしょうか?
まだまだ、書きたいことはいろいろあるのですが、きりがないので、今日はこの辺で終了。
そのほかの場所の感想については、またおいおい書いてゆきたいと思います。
目当てはもちろん、ベネッセが運営するベネッセアートサイト直島と犬島アートプロジェクト。
行く前から、直島は、美術に関心のある人間ならば、一度は行かなくてはいけない、凄いところだとは聞いていたのですが、本当に凄かった!
予想以上でした。
私も声を大にしていいます。アートオタクを自認している人は、必ず一度は行くべき場所だと!
ここで語るのは、私の個人的な経験にすぎませんが、私はここで、現代アートへの認識がかなり変わりました。
この場所は、私にとって、現代アートというものを考え直す、ほんとうによい修行の場となりました。
上手く言えないのですが、今後、美術作品を見るにあたって、一つの指針をここで提示されたような気がしています。
・・・とまぁ、前置きが長くなってしまいましたが、まずは、最初に訪れたベネッセハウスミュージアムについて。
ベネッセハウスミュージアムは、直島アートプロジェクトの第一弾として造られた施設で、ホテルの中に美術館が作られている、世界的にも珍しいホテル一体型ミュージアムです。
ミュージアムは、宿泊者以外にも公開されていますが、ホテル宿泊者しか入れないスペースにも、作品は多数展示されており、スイートルームの中には、アーティストがその部屋に合わせて制作した作品が展示してある部屋もあるそうです。
なんという贅沢!
こういう部分が世界の7大リゾートといわれる所以なんでしょう。。。
残念ながら私は、ホテルに宿泊したわけではないので、ミュージアム部分しか見ていないのですが、それだけでも十分見応えがありました。
展示室は、ホテルの附属施設とは思えない、本格的な施設です。
展示作品が多いせいか、若干手狭な感じは、否めませんが、スペースがせまいというよりも、展示作品数が多かったというべきかなぁと思います。
印象的だったのは、自然光をかなり大胆に室内に取り入れていたこと。
最近の美術館展示室は、遮光してあるのが前提であり、とくに現代物を取り扱う場所は、ホワイトキューブといわれる、可動式の壁や照明を駆使できる箱形のシンプルな構造が主流なだけに、時流に流されない、反骨精神を感じました。
正直、開放感があって、美術館や博物館特有の閉塞感がないのが、心地よかったです。
また、窓から海や島の風景が見えるのが、リゾート地に遊びに来ているという気分を良い意味で演出してくれていたと思います。
さらに、作品のなかには、外の風景をとりいれた作品もいくつかありました。
外の風景を借景としてうまく利用していたのは、ジェニファー・パートレット「黄色と黒のボート」。
この作品は、3層構造になっていて、ます、壁には、ビーチにおかれた、2槽のボートが描かれた絵画が展示されています。
その絵の前には、絵と同じボートの模型が床に置いてあり、更に、絵の正面にある窓の外から、遠くのビーチを見下ろすと、絵に描かれたボートと同じデザインの実寸サイズのボートが、絵と同じ構図で配置してあるのです。
風景まで含めて一つの作品となっており、この場所でしか、成立しない構造となっているのが、とても面白かったです。
展示してあった作品のなかで、私が一番気に入った作品、安田侃「天秘」も、外の空間を上手く活用した作品でした。
この作品は、展示室に隣接したコンクリート壁に囲まれた、三角形のオープンスペースに配置された、巨大な大理石のオブジェです。
頂上部分の吹き抜けからしか光が入ってこない、特殊な空間に安置された、二個の巨石からは、液体が天から降ってきて、そのままこの場所で固まってしまったかのような、不思議な印象をうけました。
このオブジェは自由に触れたり、座ったりしてもよいのですが、そのなめらかな石肌は、とてもあたたかで、やわらかく、石の上なのに、このままその上で眠ってしまいたいような、安らぎに満ちていました。
また、写真家・杉本博司が、世界の海の水平線を写した「Seascape」シリーズを、あえて、海の見える屋外展望スペースに展示していたのには、正直、度肝をぬかれました。
写真は室内に照度を落として展示するのが当然という、固定概念を打ち破る、大胆で、逆説的な趣向は、さすが杉本博司ならではといえるでしょう。
しかも写真の水平線は、その場所から見える、実際の海の水平線と合わせて展示してあったようです。
もう、かっこよすぎます。
ますます杉本さんが好きになってしまいました(笑)
展示室内にある作品も、いろいろ興味深かったのですが、一つ一つの作品について、細々と感想を書き始めたら、きりがないので、感想は省略。
あえて、私の好みだけでいうならば、柳幸典「ザ・フォービドゥン・ボックス」と、須田悦弘 「雑草」は、必見だと思います。
直島には、このベネッセミュージアム以外にも、直島アートプロジェクトと総称されている、さまざまな展示空間があります。
ベネッセミュージアムは、その中核を担っている施設ですが、直島アートプロジェクトの最初期に建てられた施設でもあります。
それだけに、直島にあるそのほかの施設を見終わった後に振り返ると、他のアートスペースに比べると、ひどくオーソドックスな美術館のような気がしてしまいます。
けれども、様々な場所に、大胆で挑戦的な趣向を凝らしていることは、間違いありません。
この美術館の最大の特徴は、この場所で展示することを前提で作られた作品と、そういう意図ではなく作られた作品が混在して展示してあることだと思います。
直島のここ以外の場所に展示されている作品は、直島の環境を最大限に生かして、この場所でしか見ることができない作品を作るというコンセプトに乗っ取って、生まれた作品(サイトスペシフィック・ワークス作品)が、展示の中心になっています。
けれども、ここには、そういう意図に基づかない作品も、一緒に展示してあります。
その結果、直島と言う場所に適した作品を探すために、試行錯誤していた痕跡が、ほのかに感じられる場所となったような気がするのです。
たとえば、さきほど挙げた、杉本さんの作品の展示方法などは、すでにある作品をどのように、この場所に適した形で、ここでしか出来ない展示を行うか、試行錯誤した結果生まれた、大胆な展示方法だったのではないかと思うのです。
ベネッセハウスミュージアムは、今、ベネッセが全面的に打ち出している、サイトスペシフィック・ワークス作品というコンセプトが生まれた場所です。
ここは、ベネッセアートサイト発祥の場として、位置づけるべき場所なのではないかと思うのですが、・・・いかがでしょうか?
まだまだ、書きたいことはいろいろあるのですが、きりがないので、今日はこの辺で終了。
そのほかの場所の感想については、またおいおい書いてゆきたいと思います。
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